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The White King 白のキング/ユートピアが生み出した地獄

イギリス映画 (2017)

ギヨルギー・ドラゴマン(György Dragomán)による同名原作(2005年、2008年英訳)の映画化。ドラゴマンが1973年に生まれた当時、祖国ルーマニアは独裁者チャウシェスクの絶対的支配下にあった。少数の権力者により中央集権的に運営される国家では、秘密警察による強権的な監視や、反体制の動きに対する激しい制裁が常套手段だが、この小説では、18の独立したエピソードを11歳の少年の目を通して見ることで描いている。映画もそれを踏襲し、主人公のジャータ(Djata)を演じるロレンゾ・オールチャーチ(Lorenzo Allchurch)が映画のすべてのシーンに登場し、彼にふりかかる様々な出来事を通じて、「ホームランド」という農業を主体とした架空の国家の内情を暴き出してゆく。さて、原題の「White King」だが、January Magazinenの書評によれば、原作の「アフリカ」というエピソードで、ジャータが母と政府高官の家を訪れた際、そこにあった本物の人間のようなロボットとチェスを始め、とても勝てないと思ったため、白のキングをこっそりポケットに入れたことに由来する。「諦めるよりは盗め」、言葉を変えれば、「勝てなくても諦めるな」。確かに、これは、父が反逆者として政治犯収容所に送られて死の重労働を課せられ、母方の祖父が危険分子として絞首刑にされたジャータの、「お先真っ暗」な人生において、絶対に必要な処世訓だ。だが、映画では、政府高官でなく将軍の家でジャータはロボットとチェスを始めるが、すぐに母の叫び声がして、そちらの方に駆けつけてしまい、チェスの駒は持って行かなかった。それなのに、なぜ「White King」なのか? The San Francisco Chronicleの書評では、チェスの駒の盗みに言及した後で、チャウシェスクのことを、「ぞっとするサーカスの、白粉をつけたピエロ(clown)」と表現している。“clown” は “crown(王冠)” を揶揄した言葉だとみれば、「White King」は、「ぞっとするサーカスのような独裁国家の支配者」ということになる。また、Ramblingsの映画評では、丘の上に立つ「ホームランド」の創設者Hank Lumberの巨大な像を「White King」としている。一方、邦題の副題は、New York Timesの書評で、ルーマニアの哲学者Emil Cioranが『History and Utopia』(1960)の中で “Is it easier to confect a utopia than an apocalypse?” と投げ掛けた設問に対する ドラゴマンの答えが、“Utopia creates its own hell” だと書かれていたのを、その通りだと思い、そのまま用いた〔『白のキング』だけでは、意味不明なので〕

貧しいが、幸せそうに見える一家3人での楽しいピクニック。しかし、3人が劣悪で長屋のような平屋アパートの前まで戻ってくると、そこには秘密警察が待ち構えていて、父を連行していった。ただ、この段階では、それが「逮捕・連行」だと知っていたのは母だけで、息子のジャータは「仕事」だとしか知らされなかった。ここは、ホームランドという、もうすぐ独立30周年を迎える中央集権の独裁国家。時は21世紀だが、農業を主体とした国内の風景は20世紀後半の様相を呈している。すべてに優先するのは、軍隊で、そこには最新装備が配備されているが、住民の生活は二の次とされ、生活レベルは低く、最低限の食料も、列を作らないと購入できない。ユートピアを目指して作られたはずの共同体は、秘密警察と密告が支配するアンチ・ユートピアに変容していた。いい思いをしているのは、政府高官と軍の幹部のみ。今も世界のあちこちで見られる構図だ。そんな中、独立30周年の記念式典の際、ジャータは、生徒全員に課せられた宿題で、自分で何かを作るのが面倒だったので、国旗を盗んで代用しようとし、教官から強い辱めを受ける。そして、それは秘密警察にも伝わり、ジャータのアパートに立ち入った係官は、母が、息子に父の逮捕について嘘をつき続けてきたことを知り、制裁措置の発動を示唆する。12歳の誕生日、ジャータは久し振りに大佐である祖父の家に招かれた。祖父母は、元々、息子の結婚相手が気に入らなかったが、息子が少佐でありながら、政府批判という軽はずみな行為をして以来、疎遠になっていた。ジャータは、革命時に祖父が使った拳銃を渡され、生きた猫を撃ち殺すという辛い体験を強いられる。そして、母から頼まれた、「父の安否を尋ねる」ことを実行に移した途端、祖母の強烈な反撥に遭って驚く。祖母は、祖父以上の国粋主義者で、反逆者の烙印を押された息子を許せない。そして、孫にそんな質問をさせた息子の嫁に対しては、結婚自体に猛反対だったので、口すらきいたことがない。帰宅したジャータを待っていたのは、父の行方を聞き出せず、祖父に好意を寄せる息子に対する 母の痛烈な批判だった。しばらくすると、秘密警察が予告した制裁措置が発動され、母は、食料品の販売を拒否される。これでは餓死するしかない。母は、祖父にSOSの電話をかけるが、なぜか食料のことは口にせず、夫の行方が分からないことを話題にする中で、祖父を厳しく批判し、怒りを買う。恐らく、この時点の彼女は、一種の譫妄状態にあったのであろう。何の算段もないのに、ジャータを連れ、面識もない軍の司令官に、密告情報があると嘘をついて会いに行く。そこでも、情報のことは何も言わずに夫の行方の話に終始。司令官から排除されそうになり、体を売って聞き出そうとするが、その勇気もなく、追い出されてだけで終わる。帰宅すると、家の中の物を全部売り、そのお金を賄賂に使って夫の行方を聞き出そうとする。それを食い止めたのは、ジャータだった。彼には、父から聞いた「お伽噺」があり、それが真実だと思い込んで 宝探しに出かける。しかし、そこにあったのは黄金ではなく廃棄物と死体の山だった。ジャータは、その場所の「秘密の番人」から、父がいる政治犯収容所の酷薄さを知らされる。そして、ジャータが一晩行方不明になったことから、心配して捜しにきた祖父からは、国境を越えて逃げるよう忠告される。30年前の独立の英雄の1人である大佐からも、この国の残酷さと愚かさを聞かされ、ジャータは迷う。そして、直後に訪れた祖父の死。葬儀の場に連れて来られた 変わり果てた父にすがりつくジャータ。しかし、再会はほんのわずかの時間で打ち切られる。怒りはついに爆発し、ジャータは看守を警棒で気絶させて、父の後を追う。

ロレンゾ・オールチャーチ(Lorenzo Allchurch)は、イギリス人とイタリア人のハーフ。イタリア人なら “Lorenzo” はロレンツォだが、イギリスで活躍しているので、英語発音とした。1599年に建てられた有名なクローブ座は、1997年に再建され、シェイクスピアズ・グローブ劇場となったが、そこで2012年に上演された『リチャード三世』がロレンゾの初舞台。役は、幼いヨーク公(右の写真)。2013年には ニューヨークで上演された現代劇『The Machine』にも出演。撮影時の年齢は13歳。舞台出身だけに演技は冴えていて、微妙な感情を巧くコントロールして難役を見事にこなしている。台詞の数は意外と少ないのだが、それでも大きな存在感を見せる。SFアクション映画では全くないが、『ハンガー・ゲーム』のカットニスを男の子にして幼くした感じ。バイタリティとカリスマ性を感じさせる。


あらすじ

映画のオープニング・クレジットは、舞台となる「ホームランド」に関わるアニメが背景になっている。中でも、一番雰囲気なのが、軍隊の部分、逆鉤十字を思わせるシンボルが並んでいる。最初は、ポセイドンの三叉の銛(もり)かと思ったが、ここは農業国家。「ホームランド」の創設者Hank Lumberが手にした三叉の鋤(すき)〔日本では、股金鋤と呼ばれるそうだ〕が国のシンボルになっている(1枚目の写真)。題名が表示され、映画が始まると、いきなりチェスの駒。「白のキング」の上にCGのトンボがとまっている。そして、2人が、地面に敷かれた布の上に座り込んで対戦している。盤上の駒は5個ずつしかない。勝負がつく直前だ。顔が映り、父が「もう ギブ・アップか?」と訊く。「父さんは無敵か?」。ジャータはニヤっと笑うと(2枚目の写真)、クィーンを進めて「チェック」と宣言。父は、ビショップで、そのクィーンを取る。ジャータは、自分のビショップを進めて父のビショップを倒してどかし、「メイト」と自分の駒を置く。「できたじゃないか。よくやった」。ジャータは勝負がつくとすぐに起き上がり、そばに置いてあったサッカーボールで遊ぶ。父は、湖の端で横になっている母の所に行ってしまったので、「来てよ、パパ」と一緒に遊ぼうと催促する(3枚目の写真、矢印はチェスボード)。幸せいっぱいの家族といった感じの、とても平和なオープニングだ。
  
  
  

父は、母にキスし、一緒に横になるが、すぐにジャータに足を引っ張られ、一緒にボールを蹴って遊ぶ。その後、父は湖の岸に立って、「何 見てるんだ、ハンク?」と声をかける。カメラは、湖の対岸にある丘の上にそそり立つ巨大な銅像を映し出す。手には、三叉の鋤を持っている。「私たちを見守ってるのか? 若きハンク・ランバー、ホームランドの創設者よ」。それを聞いた母は、「そんなこと、信じられないわ」と言う。これは、ハンクを否定する発言だ。ジャータは すぐに、「先生は、ヒーローだって言ってたよ」と反論する。「彼は、何を守ってるのかな? ハンクは強奪して隠したんだ。宝のすべてをな」(1枚目の写真)「像の真下に大きな洞窟がある。そこはハンクの黄金で埋まってる」。「ホント?」。母が、「ハンクなんか存在しなかったのよ」と遠くから叫ぶ。父は、さらに、「顔がずたずたになった流れ者が宝を守ってる。ピックアックス〔十字鍬〕って呼ばれてる」(2枚目の写真)「夜な夜な柵の周りを徘徊してるそうだ… 鳥と ひそひそ話しながら」。そう言うと、「何が本当で何が嘘なのか… 誰も むやみに信じるな」と真剣に言う。最後の言葉は、ホームランドにおける重要な処世訓だ。そして、映画は、初めて、巨大像の対岸に立つ2人の姿を映す(3枚目の写真)。
  
  
  

3人が歩いて家(粗末な1階建てのアパート)に近付くと、監視カメラが動いて人物を確認する。このカメラは、よくある防犯カメラのように録画方式ではなく、画像と音声の両方をオンラインで監視している。3人の帰りを待っていたかのように、大型のジープが近づいてくる。そして、車を降りた男が、「ピーター・マイケル・フィッツ?」と訊く。父は、「ピーターだ、諸君」と言って寄って行く。ジャータは、「パパ?」と声をかけ、今度は母に「何なの?」と尋ねる。「分からない」。次は、父と男の2人だけの小声の会話。「今か?」。「そうだ」。「別れを言いたい」。「いいさ。数分遅れても支障はない」。父は、母に寄って行くと、目で合図する。ジャータには、知られたくないのだ。そして、「ジャータ、あの2人は、パパに訊きたいことがある」。母は、「あの人たちは仕事仲間なの。でしょ?」と補足する。そして、相手にも聞こえるように、「助言を求めに来たの」と言う。「だから、パパはちょっといなくなる。手紙 書くからな。それでいいか?」(1枚目の写真)。「一緒に行っていい?」。「ダメだ。それはできないんだ。それに、行っても つまらないしな。いい子でいるんだぞ。ママの面倒見れるか? 男は お前一人だけになる」。そう言って、ジャータを抱く。その時、「じゃあ、行くぞ」と声がかかる。そして、母には 「あんたが言った通り、『助言』が要るからな」と追加する。父はジャータに「強くなれよ。いいな」と言い、行こうとする父に、ジャータが「行かないで」とすがりつく。母も寄ってきて3人で抱き合う(2枚目の写真)。車のエンジンがかかる。母が、ジャータを父から離す。父:「大丈夫、心配するな」。母は、ジャータを抱いて「すぐ会えるわ」と言う(3枚目の写真)。ジープが去ると、母は、荷物も持たずにさっさと歩き出す。ジャータは、変だと思いながら、水筒、チェスボード、サッカーボールなどの入ったバッグ2つを持って母の後を追う。
  
  
  

ジャータの通う学校で、スピーカーからアナウンスが流れている。「周知のように、明日は大切な日だ。時間を厳守し、服装、態度に気をつけること。少年防衛隊の諸君… 10時までに制服とライフルを忘れず受領せよ。諸君は将来の活躍が期待されている」。上級生の行動は、まるで軍隊の教練だ。学校が終ると、いつもの4人組が集まる。話題は、今日 言い渡された宿題だ。「明日までに、どうやったらバナー〔スローガンを書いた旗〕が作れる? むちゃだ」(1枚目の写真)。「パパに手伝ってもらう」。「うん、パパなら絵の具 持ってる。バッチリだ」。「お前どうする?」と訊かれたジャータは、「さあ、何か見つけるよ」と答える。ジャータが見つけておいたのは、スローガンの書かれた公式看板の脇に掲げられた国旗(2枚目の写真、矢印は国旗)。三叉の鋤が描かれている。ジャータが国旗を盗んだ後で、タバコを吸いに来た教官が、一瞬変だなと思って見上げると 国旗がなくなっている。その後、4人はコンクリート道路の十字路でサッカーをして遊ぶ。30年前の革命以来、車はほとんど使われなくなったので、遊んでいても邪魔するものは何もない。その後、家に戻るジャータを監視カメラがずっと追う。ここにはプライバシーはない。ジャータは、アパートの前で毛布を叩いている老婆に声をかけ自分の部屋に向かう(3枚目の写真)。写真の右端の矢印は、下半身にタオルを巻いた男性。このアパートには左右5軒が入っているが、各家にはシャワーがなく(台所に水道もない→タンクから汲んだ水を使用)、住民は家の外のシャワー室を使わなくてはならない。まさに長屋だ。ジャータの父母が、このような劣悪な環境に住んでいるのには理由がある。
  
  
  

ここでも、スピーカーからアナウンスが流される。「明日は、12時に開催される。わが国のあらゆる住民は、偉大な独立の30周年を祝う必要がある。ホームランドに栄光あれ」。ジャータがドアを開けて中に入ると、母が、「パパからの手紙よ」と知らせる。部屋の中は、日中なのにほの暗い。ジャータは貪(むさぼ)るように手紙を読む〔母宛ではなく、ジャータ宛〕。「ここ、誰かが消したの?」。「そう… 時々あるの。気にしないで」。ジャータは、黒い塗りつぶしの下を読む(1枚目の写真、矢印は検閲による抹消箇所)。ジャータが手紙の最後の行を読み上げる。「もうすぐ会える」。そして、「じゃあ、我慢しなくちゃ」と母に言う。「そうね。あの人たち、パパなしじゃ困るから」。そして、夕食が出される。トマトスープのようなものと、食パン1枚だけだ。「おいしい?」。嬉しそうに、ジャータは「うん」と答える(2枚目の写真)。日頃、いかに粗食かが分かる。母:「仕事に行かなくちゃ」。「お休み、ママ」。ということは、夜間シフトだ。翌朝、ジャータは、近くに住むシャビーと一緒に学校に向かう。途中、ハンク像の下の森沿いに張られたフェンスの前で立ち止る。そこには、「荒廃地/立入禁止」と印字された古い看板が縛り付けてある。シャビーは、「何回 言わせるんだ? ただの荒地だ。そう書いてある」と興味なさげだ。「『宝』とは書けないだろ。何とでも言えよ。パパは、黄金があるって言った」。「しばらく 顔見てない… お前のパパだ。大丈夫か? 病気じゃないよな?」。「お前、時々バカなこと言うな、シャビー」「僕が知ってるのは、この森の奥にハンクの宝が埋まってるってこと。でも、中には入れない。顔がずたずたになった流れ者が宝を守ってるから」と、父に言われたことをくり返す(3枚目の写真)。その時、森の中から黒い犬がまっしぐらに2人に向かってくる。そして、「近付くな! 番犬に引き裂かれるぞ!」との声まで流れる。2人は慌てて逃げ出す。
  
  
  

式典の開催前に、教官が宿題として課したバナーをチェックする。手には、ナックルダスターを隠し持っている。昨日、国旗が盗まれたからだ。出来が良ければ褒め、普通なら「よし」。シャビーに対しては、「それが精一杯か?」。シャビーが小さな声で、「イエス・サー」と答えると、「聞こえんぞ」。次が、いよいよジャータ。「これは何だ?」。「僕の旗です。サー。いいでしょ?」〔昨日 盗んだ旗〕(1枚目の写真)。「とてもいい。素敵だ」。そして、ジャータの手から旗を取ると、「職人芸だ。見てみろ。一言でいえば、『素晴らしい』。だろ? 最高だ」と生徒たちに見せる。ジャータは、前に戻ってきた教官に、「サンキュー・サー」と言うと、いきなり腹部をナックルダスターで強打される。あまりの痛さに体を丸めるジャータ。教官は、「いいか、お前たち。我々は汗して働く。種を蒔き、世話をし、大地に養われていると感謝する。この泥棒と違ってな」。そして、腹を押さえるジャータの髪をつかんで体を起こすと(2枚目の写真)、「貴様は、俺が見た最低のクズだ」と言って、ジャータの前の地面に唾を吐く。式典が始まると、全員で国家を歌う。第1番だけ紹介すると、「♪ホームランドは栄光の地、ホームランドは自由の地。ホームランドは広大にして、山から海へと拡がる。我らがあまたの勝利は、忠誠と団結の賜物。我らが心には兄弟愛が溢れ、我らが魂には自由が溢れる」。実態とはかけ離れた内容だ。国家斉唱の間、ジャータは、生徒達から隔離され、首から「泥棒」と書いた札をかけられ、うなだれて歌っている(3枚目の写真)。国歌斉唱が終わると、上空をジェット機が飛行し、頭上に 三叉の銛を描く。色も、ダークイエローだ。集まった住民から一斉に拍手が起こる。
  
  
  

帰宅したジャータがシャツの中を覗くと、殴られた跡が真っ赤になっている。制服を抜いてTシャツに着替えかけた時、ドアをノックする音が聞こえる。急いでドアを開けると、そこには、以前、父を連れに来た2人組の男性が立っていた。「母親はいるか?」。ジャータは、屋外のシャワー室の方を見る。答えがないので、「聞いてるのか? 質問に答えろ」。「いるけど、シャワーに行ってる」。男は、「そうか」と言うと、ジャータを押しのけ、「中に入るぞ」と言い、ドアを開け放しにしたまま、勝手にイスに座る。そこに。シャワーを終えた母が戻って来る。2人を見て、「ここで何してるの?」と訊く(1枚目の写真)。「また会えたな」。そして、「変だな。今日の式典で見た覚えがない」と質問。「群集の中に」。「そうか」。そして、ドアを閉める。「近くを通ったから、声をかけようと思ってな。それに、そこのチビ。泥棒という噂だぞ。さもありなんだな〔What would you expect?〕。ママは不埒な一族の出、パパは卑劣な反逆者。蛙の子は蛙の子だ〔you all know what happened to him〕」。その言葉を聞いて、ジャータが母を睨むように見る。「なんだと? まだガキに話しとらんのか?」。「あんたに関係にない」。男は立ち上がると、ジャータに、「お前の父親は、今、どこにいると思う?」と訊く。「仕事してる」。「お前の父親は、政治犯収容所にいる。ずっと遠くのな」(2枚目の写真)「そこじゃ、長くは耐えられんだろう」。恐ろしい現実を聞き、度を失ったように笑い出すジャータ。男は、今度は母の前に行き、両手で頬を挟み、「これまで当たり前のようにできていたことが突然できなくなっても、驚くんじゃないぞ〔Don't be surprised if suddenly doing the simplest things, the things you take for granted, becomes impossible〕。お前のような反逆者の家族には、よくあることだ」と不気味なことを言う。そして、出て行く。男たちは、秘密警察だった。母は、ジャータに黙っていたことを詫びようとする。「分かってちょうだい」。「イヤだ」。「あなたを守ろうとしたの」。「嘘ついた」(3枚目の写真)。「そうね」。「仕事だって言った。すぐ戻るって言った。これからは一言だって信じない」。ジャータの環境が一気に暗転した一日だった。
  
  
  

アパートの前で、母子が並んで立っている。母:「ルール覚えてる?」。「うん。贈り物は受け取らない」(1枚目の写真)。「どんなもので遊んでもいい。でも 必ず置いてくるのよ。家には絶対 持ち込ませない」。非常に頑なな態度だ。そのくせ、息子に要求する。「お父さんのこと尋ねるのよ」。ジャータは迎えに来た自動車に乗り込む。映画の冒頭のジープ以来、車が出てきたのはまだ2回しかない。運転者は、車から一歩も出ず、母には声すらかけず、車を出す。ジャータは、黙ったまま緊張して車に乗っている(2枚目の写真)。「大きくなったな」。「イエス・サー」。「おじいちゃんと呼ぶんだ」。ジャータと祖父母の関係については、ここで説明しておこう。祖父のマイケルは、独立に際して貢献のあった大佐。映画では、はっきりした説明がないが、原作では、息子(ジャータの父)が期待外れの結婚をし、しかも、政府の政策に反するような嘆願書に署名したことから冷遇されたとある。だから、母は、祖父母に徹底的に嫌われている(特に祖母に)。母の方も、それに反撥して、祖父母からは何一つ受け取らないと意固地になっている。祖父の車が家に着く。ハンクの像にも近い森の中の一軒家だ。
  
  
  

敷地内に入った祖父は、芝生の上に黒猫がいるのを見つけ、大声で追い払う。「どこにでも糞をしおって!」。そこに祖母が現れる。「背が伸びたわね」。先の祖父の言葉といい、ごくたまにしか会わないのであろう。祖母の次の言葉は、「靴紐が結んでない」。ジャータが結んでいると、「あの母親じゃ当たり前ね。機会があれば、この子を 引き取らないと」と言う。祖父は、ジャータを先に行かせ、祖母は、用意してきたものを「成功を」と言って祖父に渡す。祖父は、東屋のような場所にジャータを座らせると、「君の誕生日を 乾杯しよう」と言って 用意したグラスにワインを注ぐ。そして、グラスをジャータに渡す。ジャータがすぐ飲もうとすると、「おい、おい、『やあ〔Hey there〕』と言うんだ」と教える。この国では、「Cheers〔乾杯〕」の代わりに「Hey there」と言うらしい。かくして、2人が「Hey there」と言って、グラフを合わせる(1枚目の写真)。「誕生日おめでとう」「実は、サプライズを用意してある。家に持ち帰らなくていいものだ」〔祖父は、母の禁止措置を知っている〕「何だと思う?」。ジャータは首を振る。祖父が祖母から渡されたものは、拳銃だった。「これは、30年間 日の光を見ていない」〔革命以来初めて〕「慎重に扱うんだぞ。玩具じゃない」。そう言うと、東屋から連れ出す。雑草が伸び放題の庭に連れて行くと、拳銃を渡す。ジャータが自己流に構えると、祖父は、①両足でしっかり地面を踏ませ、②左手で 銃を持った右手首を支えさせ、③標的の缶に狙いを定めさせてから、「撃て」と言う。弾は入っていないので、カチリといっただけ。「な? 1、2、3みたいに簡単だろ?」「では、お遊びは終わりだ」。そう言うと、弾を込める。それに合わせたように、祖母が後ろから近付いて来る。祖父は、実弾の入った拳銃をジャータに渡す。そして、狙いを定めさせるが、その時、缶の乗った柵の上に憎っくき黒猫が現れる。祖父は「ほら、見ろ、敵だ」と、猫を指差す。「敵を撃て」(2枚目の写真、矢印は黒猫、その左に缶が見える)。「撃つんだ」。冗談だと思ったジャータが笑顔で祖父を見ると、「わしは真剣だ」「敵を撃て」「さあ」「殺せ」。祖父が何と促してもジャータには撃てない。「できないよ」。その言葉を聞き、祖母が後ろから肩を抱き、「怖がらなくていいの。自然なことよ。私たちは猟師なの。土地の物を食べて暮らしてる」と声をかける。祖父は「照準を合わせ、撃つんだ」「撃て!」と言うが、それでもジャータは撃たない。そこで、祖母が大声で「撃って!!」と叫ぶ(3枚目の写真)。その声にびっくりしてジャータは引き金を引く。弾は見事に猫に命中。祖父は嬉しそうに笑い、「やったな!」と褒めてジャータを抱きしめる。3枚目の写真の祖母の顔から分かるように、彼女は3人の中で一番過激だ。確信的な愛国者でもある。
  
  
  

家の中に入ったジャータ。ここでも室内は暗い。エネルギー事情が悪いのか? 祖母が、「これ、ご褒美よ」と言って、レモネードを注ぐ。「最初だから、引き金 引くの、怖がってたでしょ。だけど、今は、気分 最高じゃない?」。祖父は「お父さんにそっくりだな」 と声をかけ、祖母に「そう思わんか?」と振る。「その通りね。それどころか、この子より下手で、何度も練習してたじゃない」(1枚目の写真)「でも、あなたはすんなりできた」、と言ってジャータに微笑む。チャンスだと思ったジャータは、「パパ、収容所にいるんです。どこか知ってます? 何したんですか?」と祖母に訊く。ところが、「ママは、何か知ってるはずだって」と母のことを口にすると、祖母は、テーブルをバンと叩き、「おやめ、もうたくさん!」とピシャリと言うと、怒って外に出て行ってしまう。あまりの反応に驚くジャータ。祖母ほど過激でない祖父は、「その質問は禁句だ。そんなこと話しても何の意味もない。見たろ、おばあちゃんはカンカンだ。わしらに出来ることは、何もない」(2枚目の写真)「好むと好まざるとに関わらず」と、淡々と話す。そして、立ち上がると、「見せるものがある」と棚へ取りに行き、「心配するな、贈り物じゃない。褒美だ」と言って中味を見せる。そこに入っていたのは、メダル。「これが何だか分かるか? お父さんは、君と同じ年で… 数ヶ月上だったかもしれんが… 射撃競技会でこれを勝ち取った。以来、毎日24時間 着けていた。入隊試験の時にも着けていたし、少佐になった時も着けていた。少佐だぞ。25歳で」。ここで、少し笑わせようと、「排便する時だって着けてた」と話す。「いつも 幸運のメダルだった」。そう言うと、ジャータを近くに来させ、首にかけてやる(3枚目の写真、矢印はメダル)。「君には素晴らしい未来がある。分かってるだろ?」。「イエス・サー」。ジャータは壁に掛けられた父の軍服姿の写真を見る。
  
  
  

暗くなってから帰宅したジャータ。部屋の中は ほぼ真っ暗だ。すると、待っていた母がマッチを摺り、「サプライズ」と声をかけ、「誕生日おめでとう」と言いながら小さなバーステーケーキを運んでくる。ケーキをテーブルに置くと、間髪を置かず、「で、どうだった?」と訊く。「うん、楽しかった」。「何か、分かった?」。「ううん」。「何も? ぜんぜんなの?」。「何も。ホントだよ」。「ちゃんと訊いた?」。「うん」。「それでも、話してくれなかった?」(1枚目の写真、矢印は小さなケーキ)。ジャータは首を振る。「一言も?」。母は、「息子になら何か話してくれる」と大きな期待をかけていたに違いない。だから、これほどくどくど尋ねる。しかし、ジャータにも不満はある。父のことを質問したため、祖母から嫌われてしまった。その上、母からは責められる。そこで、「自分で訊けばいいじゃないか。大人だろ」と文句を言う。「できないって、知ってるでしょ」。「なぜさ?」。「複雑なの」。これでは、答えになっていない。しかし、自分の出自のせいで、義理の父母から嫌悪されているとは言いにくいことも確かだ。ただ、「複雑なの」だけでは、不親切なことも確か。この女性、映画を通して観て、息子に対して適切な態度を取っているとは言い難い。その典型が、次からの言葉。ジャータが手にしているものに気付き、「そこに何持ってるの?」と訊く。ジャータは黙っている。「テーブルの上に置いて」。それでも、何も言わず、何もしない。「『テーブルの上に置いて』と、言ったでしょ」。ジャータはメダルを叩き付けるように置くと、「贈り物じゃない、褒美だ!」と言う。「ルールを破った。私たちは、あなたの祖父母とは違う。あんな風にはならない。分かった?!」。「ぜんぜん」(2枚目の写真)。「私は、母親なのよ。ちゃんと話を聞きなさい」。「2人とも、僕を大事にしてくれた!」。「あいつらに、洗脳なんかさせない!!」。「なら、どうする? 閉じ込めるのか?!」。母は、ケーキのロウソクを消して、持ち去る。この辺りの、問答無用の言動は、親として失格だろう。だから、母が夜間シフトで仕事に出かけた後、ジャータは冷蔵庫を開けて、自分のケーキを貪るように食べる(3枚目の写真、矢印はケーキ)。夜だというのに、アナウンスが流れる。「今週の生産性は向上した。シリアル食品の生産は23%増加、先月末で230万トンに達した。油糧種子は今後3ヶ月で20%の伸びが期待される。ホームランドに栄光あれ」。
  
  
  

ジャータたち4人が、いつものように誰も来ない交差点でサッカーをしていると、モーターの音が近付いてくる。やって来たのは、近所に住む双子のチンピラ。どこかの廃車投棄場でから寄せ集めで作ったような「車」でやって来て、4人の直前で急停止する(1枚目の写真)。ジャータ:「何の用だ?」。4人の中ではジャータがボスだ。「ガキにおごってやりたくてな」。そう言うと、キャラメルの入った紙袋を取り出し、「勝手に取りな。怖がらんでいい」と言う。手を出したのは、一番大柄の食いしん坊。一方、シャビーは、「どうした? いらないのか?」と訊かれても黙っている。それを見た双子のもう一人が、「車」から降り、シャビーに詰め寄ると、口をこじ開けようとする。シャビーが「パパに殺されるぞ」と抗弁しても、キャラメルを力ずくで押し込まれる。シャビーは2人が後ろを向くと すぐに吐き出す。2人は、どんどん本性を現してくる。3人目のメガネの赤服の子に対しては、「ポケットの中のものを出せ」と迫る。中にはコインが数枚入っている。「それで、タバコを買って来い。走るんだ!」と命じる。最後がジャータ。サッカーボールが掠め取るように取り上げられる。「返せ!」。「なんで返さにゃならん?」。「パパがくれたんだ!」。「どう思う? 俺たちは こいつを… 可哀想なガキに… 返すかな?」(2枚目の写真)。それは、ただからかっただけで、彼らには返す気などさらさらない。ボールを取り戻そうとするジャータの顔をボールで殴る。そして、一番大柄の食いしん坊が、「やめとけ、くそったれ」と、ジャータを庇うように立ちはだかると、もう一人がナイフで肩を刺す。ジャータとシャビーが心配して駆け寄る。チンピラは、ボールを持って「車」に乗ると、ジャータに向かって、「反逆者の親爺のボールが欲しいなら、俺たちと戦え。このクソガキ」と言って去って行く。ジャータは、「ただで済むと思うなよ〔I won't let you get away with this〕!」と叫ぶ(3枚目の写真、矢印はケガをした少年とシャビー)。
  
  
  

シャビーの両親が経営する食料品店の前に長い列ができている。独裁国家ではしばしば見られる現象だ。列の最前列に、ジャータと母がいる。「次」と声がかかり、2人は店に入って行く。母は、シャビーの母とは仲良しなので、横にいたシャビーの妹のことで話しかける。その後で、「パンを1個と豚肉を少し」と言ってお金をカウンターに置くと、「ごめんなさい。受け取れないの」と言ってお金を返される。「何なの?」。「あなた、購入する権利がなくなったの」。母は、笑いながら、「悪い冗談でしょ」と言うが、シャビーの母は「ごめんさない」とくり返す。「奴らのせいね?」〔秘密警察の男が、「これまで当たり前のようにできていたことが突然できなくなっても…」と言っていたことに思い当たった〕。でも、母は強気だ。「必要なものが手に入るまで 動かないから」。ここで、それまで黙っていたシャビーの父が声を出す。「おい。トラブルはお断りだ」。「お願い、私たち食べていかないと」。それを聞いたシャビーの母は、夫に「パンぐらい あげてもいいじゃない」と頼むが、「ダメだ」。それでも、「お願い」と言う母に、ジャータは、「ママ、出よう」と言う(2枚目の写真)。店から出た母は、シャビーの父のことを、「臆病者」と批判する。しかし、ジャータが、「お腹空いたよ、ママ」と言うと(3枚目の写真)、我に返り、「他の店を あたるわ」と言って安心させる。それにしても、ホームランドの秘密警察の行為はあまりにひど過ぎる。これでは、生存権の剥奪だ。
  
  
  

ジャータが友達と一緒にいると、そこにチンピラからの挑戦状が届けられる〔死んだ鳩にくくり付けられて投げ込まれた〕。そこには、「宣戦布告。クソども、監視塔で待ってるぞ。日曜の昼だ。死ぬ気で来い」と書かれてあった(1枚枚目の写真、矢印は手紙)。ジャータは、手紙を回覧する。そして、「受けて立つぞ〔It's on〕」と宣言する。肩を刺された少年が普通にしているので、あれから日が経っているのかもしれない。そして、日曜日、ジャータたちは監視塔へと忍び寄って行く。大きなワラ山が幾つもあるので、それに隠れながらの接近だ。ワラ山の陰に隠れていた3人目のチンピラが、角材で「肩を刺された少年」を殴る。いつも損な役回りだ。ジャータ1人が塔に向かい、仲間の2人は、殴られて気を失った少年を抱いて撤収する。それを見たジャータは、1人で塔に登る。上では双子が待っていて、ジャータはすぐ床に組み敷かれる。「誰だか見てみろ、ジャータだ」〔ジャータは、『コマンドー』のアーノルド・シュワルツェネッガーのように、フェイスペイントしている〕「反逆者のガキだ」。「違う!」。「なら、親爺はどこにいる?」。「仕事だ!」。「最後に会ったのは いつだ?」。「お前に関係ない!」。「俺たちの親爺も反逆者だ。知ってたか?」。もう1人の双子が「奴らに殺された」と言う。「ボールのために来たんだ」。「座れ」。「座るもんか、ボールを寄こせ!」。ボールを取ろうとするジャータを1人が羽交い絞めにして、無理矢理座らせる。そして、右手を木の台の上に置かせ、手首をぎゅっと握って手のひらを台に固定する。そして、「いくぞ」と言うと、ナイフで、①小指の左、②小指と中指の間、①、③中指と人差し指の間、①、④人差し指と親指の間、①、⑤親指の右、と順番に刺し、「ボールは俺たちのだな?」と訊きながら、①~⑤をくり返す。「違う」。スピードが速くなる。「本気か?」。「そうだ!」。スピードはさらにアップ。少しでもミスれば、ナイフは指を切る。その後も、「俺たちのだな?」。「違う!」のやり取りを6回くり返し、最後は、目もとまらぬ速さでナイフを動かす。ジャータは恐怖で目をつむりながら、「違う!」と叫び続ける(2・3枚目の写真)。予告編〔←クリックすれば動画が再生〕にも入っているが、これまで見たことのない恐ろしいシーンだ。
  
  
  

いくらやっても効果がないと判断した双子は、今度は、ジャータの頬にナイフを当て、「俺たちのだな?」と訊く。「違う」と答えたら頬を切られると直感したジャータは、イスを蹴った勢いで相手をうつ伏せに倒すと、ナイフを奪い、そのまま手を水平に回すと、体を起こした双子の脇腹に突き刺さる(1枚目の写真、矢印はナイフを握ったジャータの手)。これには、刺された双子だけでなく、刺したジャータも驚いた。ジャータは、素早くボールを奪うと、塔の上からボールを放り投げる(2枚目の写真、矢印はボール)〔ボールを持っていると降りにくい〕。そして、両手で手すりをつかんで駆け下りる。もう1人の双子は、傷の様子をチェックした後で、「殺してやる!」と叫び、弓矢を取り出す。下にいた3人目が登ろうとするのを、ジャータは顔を蹴って倒し、ワラ山に飛び降りる。双子は、火の点いた矢をジャータ目がけて放つ。間一髪で避けるが、ワラ山に燃え移る。ジャータは、さっき投げたボールを拾い 一目散に逃げる。ジャータ目がけて何本も火矢が放たれる(3枚目の写真、2つの矢印は火の部分とシャフト、ボールの下に見える火は、別の矢で燃えたワラ)。生還したジャータを加えた3人は、額に打撲傷を負った友達を連れて戦場を去った。双子は、これ以後登場しないが、ジャータの日常の一コマを描いた重要なエピソードだ。
  
  
  

ジャータは、アパートに戻って来ると、共同栓でフェイスペイントを洗い落とす(1枚目の写真)。そして、ボールを持ってドアを開けると(2枚目の写真)、中では母が顔を伏せて泣いている。「ママ、大丈夫?」。顔に何か残っているのではと不安になったジャータは、顔を起こした母に、「見た目とは違うんだよ」と予防線を張る。しかし、母は、気付かぬフリをして、「何に見えるの?」と訊き、ジャータをホッとさせる。「いい子にして、宿題をやってきなさい」。「じゃあ、怒らないの?」。「いいえ」。実は、母は、それどころではなかったのだ。冷蔵庫は空っぽ。家中どこにも食料がない。切羽詰った母は、壁についた「通話器」のボタンを押す。アパートには電話はなく、壁の「通話器」が電話代わり。ボタンを押すと交換につながり、自分の名前を言って話したい相手につないでもらうシステムだ。「こちら交換手。名前を確認します」。「ハナ・フィッツ。マイケル・フィッツ大佐につないで」。ジャータは何事かと、そっと見ている。「カチッ」という音が聞こえるが、それ以上何も聞こえない。そこで、母は、「電話を取ったなら、何か言ってよ」。ため息が聞こえる。「ため息が聞こえたから、そこにいるんでしょ?」(3枚目の写真、矢印は通話中を示すランプ)「どういうことなの? 自分の息子の嫁の声が分からないの?」。祖父に対する言葉としては、異常にきつく、尊敬のかけらもない。ようやく祖父の声が聞こえる。「失礼な口の聞き方だな」。「そっちも失礼でしょ。自分の体裁ばかり考えず、息子のことをもっと心配すれば?」。「好きで そうしてるとでも?」。「なんで電話したと思う? 他に何を議論するの?」。「いいか、できることは何もないんだ」。「ふざけないでよ!」「嘘はやめて! 2人とも、まだコネあるんでしょ」。「ハナ、蒸し返すな」。「誰でもいい、名前だけ教えて。助けてくれそうな人の」。「我々にできることは、待つことだけだ…」。「待つ?」「嫌よ。待つのはもうたくさん。なぜ待つの?」「これ以上 もう待てない。分からない?」「なぜ何もしないの? 自分の息子なのに!!」。ここで、祖父は電話を切る。腹の収まらない母は、「このクズ!!」と怒鳴る。こんな態度を取ったのでは、祖父から相手にされないのは当然だ。人間として最低限の品性に欠けている。この映画で一番感情移入できないのが、この母親だ。自分のことは棚に上げて、すべて他人のせいにする。母は、自分の出自が周辺に起こしたトラブルをもっとよく認識すべきだった。それに、少佐だった夫が嘆願書に署名した背景には妻の関与があったはずで、その際、そうした行為が、破滅をもたらすことも知っていたはずだ。信念に基づいてしたことを責める訳ではないが、自分で蒔いた種を他人のせいにするのは間違っている。最大の犠牲者は、ジャータなのだから。
  
  
  

後先考えない母は、思い切った行動に出る。すぐさま、一張羅の服を着ると、ジャータにも一番いい服を着るよう命じる。「司令官が、川の対岸に住んでる。これからそこに行くの。お父さんがどこにいるか聞き出して、家に帰してもらう」。血迷ったとしか思えない言葉だ。母は、司令官と何の面識もない。実父の大佐ですら何もできなかったことを、なぜ自分ができると思うのだろうか? 誇大妄想としか思えない。しかも、ジャータを同行させるのは極めて危険な行為だ。2人は、どこまでも歩く。幸い、荷馬車が通りかかり、乗せてもらう。分岐点まで来ると、「どうもありがとう」と声をかけて下車する(1枚目の写真、ハンクの像が見える)。2人はさらに歩く。そして、遂に大きな警告板の前に辿り着く。そこには、「ホームランド軍司令部/機密地区/進入制限/この地点より先、立入禁止」と書かれてある。ジャータは戸惑うが、母は、構わずに入って行く(2枚目の写真、赤い矢印は手に持ったハイヒール〔遠距離を歩くには適さないため〕、黄色の矢印は監視カメラ)。監視カメラの前まで行くと、ブザーの音がしてランプが点き会話モードになる。母は、「情報があります」と大声で言う。つまり、情報提供者(密告者)のフリをしたのだ。ランプが消えたので、通行が許されたと思い、2人は中に入って行く。司令官の住所は、大佐の自然風の家とは違い、打ちっ放しの鉄筋コンクリートで出来たモダンな建物だ。母は、くたびれた靴を脱ぎ捨て、ハイヒールに履き替える。ジャータは、門の前に停まっているスマートな車を うらやましそうに見入る(3枚目の写真)。
  
  
  

2人が、門をくぐると司令官(女性)が自らドアを開け、親しげに「今日は」と声をかける。母:「今日は、司令官」。司令官は、「ミードよ」と手を差し出す。母は、その手を取って握手しながら、にこやかに「ハナ・フィッツです」と言う。司令官は、ジャータに気付くと、「まあ、一緒に来たのね」と言い、2人とも招じ入れる。2人は、自宅バーのような所に座らされる。「あなた、フィッツ大佐の義理の娘なのね」。「大佐を よくご存知なのですか?」。「ええ、すごい頑張り屋。でも、変ね。あなたのこと、一度も聞いたことがない。この可愛いチビちゃんのことも。何て名前?」。「ジャータです」。司令官は、ゴディバのトリュフのようなチョコレートを、食べさせる。そして、母親とは、「Hey there」と乾杯。「いいこと、私は あなたが誰か知ってる。これまで どんな大変な思いをしてきたかも」。「あらゆる場所に問い合わせました。でも、でも、いつも壁に」。「法執行機関の義務は、詳細を明らかにしないこと。公安上の理由から」。「でも、ピーターは 誰にも無害です。彼の唯一の罪は 声を上げたこと」。「あなたの家族だけ特別扱いすることはできない」。「あなたなら、誰に話せばいいか、教えて頂けるかと」。司令官は、それには答えず、「情報なんか、持ってこなかったんでしょ?」とズバリ尋ねる。司令官は、バーの照明を赤に変え、「もっと、安らぐわ」と言うと、「いいこと、もちろん、政府高官に知り合いはいる。でも、私の身にも危険が及ぶかも」と微妙な話に入る。「見つけて下さったら、お礼にどんなことでもします」(1枚目の写真)。それを聞いた司令官は、2人で話す間、ジャータに外で待っているよう告げる。ジャータは、応接間のような場所で、巨大なスクリーンに映し出される現代的な都心の夜景映像を食い入るように眺める。ごく当たり前の映像だが、田舎しか見ていないジャータにとっては、想像を超えた光景に違いない。その時、「ハロー」と呼ぶ声が聞こえる。「誰かそこにいますね?」「いるんでしょ?」。ジャータがコーナーを曲がると、そこにはチェスボードを前にした女性が座っている。ジャータが気付いたかどうかは不明だが、それは極めて精巧にできたヒューマノイド・ロボットだった。「名前は?」。「僕はジャータ」。「私はソフィア」。そして、「チェスしない?」と訊く。ジャータが座ると、「あなたが先手」と促す(2枚目の写真)。ジャータが二手打ったところで、「嫌、やめて!」という母の声が聞こえる。「やめて! 離れてよ!」。ジャータは、急いで席を立つ。ここが、原作と決定的に違うところ。原作では、ジャータは、勝てないと分かり、ロボットの白いキングを盗む。それが、原作の題名にもなったのだが、ここでは、急いで席を立つので、何も盗まない。しかも、白はロボットではなくジャータの駒だ。さて、ジャータが駆けつけると、母はソファに腰掛け、その上から司令官が覆いかぶさっている。何の説明もないが、母の胸が一部はだけているので、何らかの性的行為をしようとした可能性がある(Mature Timesの評)。それは、母の服のボタンが外れ、ブレジャーが一部見えているからだ。母には提供できる情報が何もないので、代わりに体を求められたのかもしれない。しかし、母は、大切な夫のためでも、それは容認できなかった。司令官は、「出ておいき!」と母を立たせると、頬を叩き、「お前を、なぜ家に入れたと思ってるの、このバカ女?」と罵声を浴びせる。逃げ出した母子は、門にフェンス状のシャッターが降りているので、外に出られない。追って来た司令官の罵声は続く。「いいかい、父親のいない子供ってのは惨めで、この世で最悪の存在なんだよ!」。ジャータは、「くたばれ!!」と叫ぶ(3枚目の写真、矢印は はだけた胸)。司令官は、母に向かって「お前は、父親同様、絞首刑になるだろう!」と言う。母は、「あなたの勝ちね、司令官」。それを聞いた司令官は、「その通り」と言ってシャッターを上げる。家を出た所でハイヒールの「ヒール」の部分が折れ、母は靴を投げ捨てて裸足で帰途につく。それにしても、司令官を訪れたのは、全くの衝動的で無意味な行動だった。得たものは何もなく、ブラックリストに乗っただけだ。
  
  
  

2人は、真っ暗な雷雨の中、ずぶ濡れになってアパートに帰り着く。母の足は、傷だらけだ。母は、部屋に入るなり、「売れば売るほど お金になるわ」と言って、戸棚や引き出しを開け、片っ端から服をベッドの上に放り出す(1枚目の写真)。さらに、「誰かに賄賂を渡して、あなたのお父さんを取り戻すの」とも説明する。この女性の思考には、正直付いていけない。お金を作っても、食料品は買えないし、誰に賄賂を渡したらいいかも知らない。全く無意味なことを、単なる思い付きでやってしまう。母が、ジャータの宝物まで投げ出すに至り、ジャータは「やめて!」と猛反対する(2枚目の写真)。そして、理性を失った母の両肩に手を置くと、「ママ、何とかなるから」と言って落ち着かせる(3枚目の写真)。ようやく我にかえった母は、ジャータに抱きつく。ジャータ:「大丈夫だよ」。父が残した「男は お前一人だけになる」という言葉を、ジャータが実行に移した感じだ。
  
  
  

しかし、ジャータの目論みは、きわめて突飛なものだった。父が連行された日に聞いた、「ハンクの黄金で埋まってる」という話を真に受け、その黄金を頂戴しようと考えたのだ。翌日、薄暗くなってから森のフェンスの前でシャビーと落ち合う。ジャータ:「食べ物、持ってきた?」。「キモいぞ」。2人はフェンスを乗り越えて森の中に入って行く(1枚目の写真)。しばらく歩いていると、気配を察した猛犬が飛びかかってくる。ジャータは、シャビーが持ってきた肉〔内臓の切れ端?〕を犬に投げ与え、猛追をかわす。そして、崖を登り、ハンクの像の直下にある洞窟の前に辿り着く。父の話の「像の真下に大きな洞窟」はあった。ジャータは、シャビーを従え、用意した懐中電灯を点け、喜び勇んで洞窟の中に入って行く。しかし、洞窟の中に大量にあったものは、黄金などではなく、壊れた電気製品の山と、その中に散らばった人骨だった(2枚目の写真、矢印は頭蓋骨と肋骨、懐中電灯の光が当たっている箇所にも頭蓋骨が見える)。話が全く違うので、シャビーは「この嘘つき!」と怒り、取っ組み合いになった挙句、ジャータは崖から転落する(3枚目の写真、暗いので かなり増感した)。
  
  
  

廃棄物の中に落ちたジャータは、気を失う。すると、何者かがジャータの体をつかみ上げると、かついで持ち去った。犬も一緒だ〔つまり、犬がジャータを発見した〕。翌朝、ジャータが気がつくとバラックのような場所の中にいた(1枚目の写真)。足音がして、図体の大きな男が中に入ってくる。そして、「気がついたか。脳震盪を起こしてたが、無事なようだな」と言う。ジャータは、「ピックアックスだね」と嬉しそうに声をかける。父の話が合っていたからだ。「そこに紅茶がある」。ジャータがカップを手にすると、「お前が、あそこで何をしとったかは訊かん。だが、ガキの来るトコじゃない」と意見を述べる。そして、ジャータを見て、「歩けるか?」と訊く。立ってみたジャータは、「そう思うよ」と答える(2枚目の写真)。「周りを見てみろ」。ジャータが見回すと、壁には、仲睦まじそうな男女の写真が貼ってある(上下逆さま)。男は、「昔は良かった」と話す。「何があったの?」。男は、①反逆者として政治犯収容所にいた時、顔を破壊され、②収容所を出る条件として、ここで、「知られたくない秘密」の入った穴を監視することになった、と打ち明ける。「それに、こんな顔をした男と、誰が話したがる?」と自嘲的に言ったのを受け、「僕が話すよ」「僕のパパも収容所にいる」とジャータが言ったので、男に好感を持たれる。男は、「タンクに会わせてやる」〔犬のこと〕と言って、外に出る。そして、犬に肉を食べさせた後、ジャータに、「また、父さんに会えるなら、どんな犠牲を払う?」と訊く。想定外の質問なので、「僕が… 犠牲?」と戸惑っていると、男は、「俺たち全員が、何かを失った」と言いながら、黒眼鏡を外し、潰された目を見せる。ジャータは、男の顔を悲しげに見上げる(3枚目の写真)。父も無事だとは、とても思えない。男に肩をポンと叩かれたジャータは、男に抱きつく。悲しいシーンだ。
  
  
  

ジャータが、フェンスを乗り越えて道路に戻ると、背後から近付いてくる車がある(1枚目の写真)。祖父の車だ。母から連絡を受けて、一晩中ジャータを捜してくれていたのだ。祖父はジャータを乗せると、ハンク像が真正面に見える原っぱに車を乗り入れて停止する。そして、ジャータに話しかける。重要な会話なので全訳しよう。「わしが 君のお父さんに望んだのは、良い生活だけだ。全力を尽くした。わしは、ホームランドに身を捧げた。もし、ピーターが軍に留まっていたら、いい家に住み、良い食事をし、君もいい学校に通えていた」。「今の学校、好きです」。「そうか」「わしは、発言は控えろと警告した。利口な選択をしろと。もっと、適切な一族から… 娶(めと)るようにとも。だが、彼は、わが道を行った」(2枚目の写真)「いいか、君が彼を愛しているのは承知している。わしらだって、手立てを尽くして見つけ出し、連れ戻そうとした。だが、誰も彼もが わしらに背を向けおった。信じられるか?」。「パパのこと 反逆者だって思ってる?」。「ホームランドは残酷で… 容赦なく… 愚かだ」〔祖父の口から出た、初めての批判〕。「でも… あなたは…」。「もう秋だ。夏は、すぐに忘れられた夢となる」。「おじいちゃん? 僕、司令官の家で見たんだ。信じられないくらいすごいものを」。「よく聞くんだ。君と 君のママは、ここから逃げないといかん。国境を越えろ。ここ以外なら、どこに行ってもいい」(3枚目の写真)「できれば、泳いで海を渡れ。分かったか?」。祖国の英雄だった父が、亡命を強く勧める異例の展開だ。この場面のジョナサン・プライスはとても素晴らしい。
  
  
  

これだけ言うと、祖父は車を出して、アパートに直行する。アパートの前に車を停め、2人で歩き出すと、母が飛び出して来る。「どこにいたの? あちこち捜したのよ」と言いながら、ジャータを抱き締める。「大丈夫なの?」。「うん。ごめんね、ママ」。母は、祖父に「ありがとう」と言うが、祖父は、いつもなら考えられない返事をした。「手伝えて 嬉しいよ」。「本当? ありがとう」。そう言うと、母は、祖父の肩に手をかけ、抱き寄せるようにして3人で抱擁する。祖父はこうした行為に慣れていないので、最初は両手を離したままだったが(1枚目の写真、矢印は離れた手)、やがて、両手でハナとジャータを抱く。これまで一度もしたことのない愛情表現だ。ジャータに言ったことから考えて、最後の別れをしたのかもしれない。体を離し、去って行く祖父に、ジャータは、「大好きだよ、おじいちゃん」と声をかける。ところが、昨夜の無理が祟ったのか、ジャータに心の内を吐露した決断が招いたのか、祖父は車の近くまで歩いて行ったところで心臓発作を起こして倒れてしまう。2人は慌てて駆け寄り(2枚目の写真)、母は、監視カメラに向かって何度も「助けて!」と叫ぶ。次のシーンでは、火葬場のヘリポートに軍の高官を乗せたヘリが到着する(3枚目の写真)。祖父は死亡し、軍主導で葬儀が行われるのだ。
  
  
  

式場の正面には大佐の大きな写真が飾られ、壇上には棺が置かれている。中には、シャビーの家族など多くの一般人もいる。母とジャータは式場に入ると、一番の近親者になるので最前列に座ろうとするが、警備員に、そこは軍関係者の指定席だと追い払われ(1枚目の写真)、2列目の右端に座る。直後に、最前列に大佐クラスの軍人たちが着席する。すると、1人の兵士がトランペットを演奏し、その音と共に、花束を持った祖母、先日2人が会った女性司令官、他、4人の将官が壇上に姿を見せる。祖母が花束を棺の上に置き、亡き夫に別れを告げていると、司令官が近付き、「心から、お悔やみを」と声をかける。司令官が着席すると、他の4人も着席し、祖母がマイクの前に立つ(2枚目の写真、矢印は司令官)。ホームランドの葬儀は、喪主による献辞から始まる。「大佐… マイケル・フィッツは… 真の兵士でした。ホームランドに一生を捧げました。彼は、この偉大な国の独立のため たゆまず戦い… 建国にも貢献しました。当初、私達は… まだ若き夢想家でした。私達は愚直でしたが… 新しい世界の構築に情熱を注ぎました。そして、大佐は軍の一翼を担いました。その軍は今でも… 私達の… 『愛する自然に寄り添いながら、自由かつ実直に暮らしたい』 とする夢を守るため… 努力しています。しかし、彼は… 常に謙虚で、自制していました。大佐として… 彼は… 『善意は 虚栄心や 頽廃に常に打ち勝つ』 という… 私達の価値観を… 信じていました。たとい… 彼の愛する者に… 裏切られた時ですら。それこそが、彼の信念の強さです」。偏狭な愛国心に洗脳された祖母の「模範的」な献辞が終わると、司令官を筆頭に拍手が起きる。もちろん、ハナとジャータは拍手しない。祖母は、さらに続ける。「しかし、マイケルは、私の夫でもありました。そして、私達の… プライベートな家族生活でも… 『私達は より偉大な明日のために犠牲になるべきだ』という立場を… 最後に息を引き取るまで… 堅持しました」。自慢の頂点にある時、突然、式場正面の扉が開き、祖母は 明るい光にたじろぐ。何事が起きたのか? 参列者全員が振り返る。そこには4人の男がいた。1人は、両手と両足を鎖で繋がれ、首枷にも鎖が付けられた囚人。ジャータの父だ。そして、3人は看視。看視の1人が、「歩け」と命じ、一行は祖母のいる祭壇に向かって中央の通路を進む(3枚目の写真、矢印は首枷)。これは、何も聞かされていなかった祖母にとって、意外、かつ、迷惑な事態だった。一人ほくそ笑むのは、これを演出した司令官。大佐の息子ピーターに対する恩情というよりは、身の程知らずにも家まで押しかけてきた妻ハナに対する嫌がらせだ。それを 止められなかった大佐への意趣返しもあったのかも。
  
  
  

久し振りに見る父の顔は、まるで別人だった。悔しさに震えるジャータ(1枚目の写真)。看視が父に「2分間だぞ」と言って首枷の鎖を外す。父は、不自由な足取りでヨタヨタと前に出ると、一瞬 義母を見上げ、棺の前に頭(こうべ)を垂れる(2枚目の写真)。父が、両手で檀をドンと叩く。政府に対する怒りの意思表示か? 自分自身への怒りか? その時、ジャータが「パパ、パパ」と言って抱きつき、一歩遅れてハナも 夫の体に触れながら、涙声で「ピーター」と呼ぶ。親子3人の、二度とないかもしれない悲しい再会だ(3枚目の写真)。
  
  
  

しかし、この涙ぐましい再会は30秒しか許されなかった。司令官が手で合図すると、看視が、「来い! 行くぞ!」と命令する。ハナは、「お前の命令なんか聞くか! くたばれ!!」と怒鳴り、それに発奮したピーターが看守に襲いかかるが、体力がないため捕らえられる。助けようとしたハナも、床に投げ飛ばされる。ジャータは、「ママ!」と駆け寄るが、「私は大丈夫」と言われ、「やめろ!!」と叫びながら引きずられていく父を見やる(1枚目の写真、矢印は倒れた母)。ジャータは、床に落ちていた警棒を拾うと、「僕の父さんは、いいパパだ!」と叫びながら看守に向かって行く(2枚目の写真)。扉は閉ざされ、看守が1人、ジャータの行く手を阻む。ジャータは飛び上がりながら警棒で看守を叩きつけ(3枚目の写真、矢印は振り上げた警棒)、床に昏倒させると、そのまま扉を開けて外に飛び出す。母も立ち上がって、ジャータの後を追って走る。阻止しようとした警備員は、シャビーの母が足を出して転倒させた。
  
  
  

ジャータが外に出ると、父を乗せた囚人護送車が出て行くところだった。ジャータは後を追って走る。母は、建物から外に出ると、扉の外からかんぬきを掛け、誰も出られないようにする。そして、近くに置いてあった自転車でジャータの後を負う。式場では、一般の参列者が立ち上がって帰ろうとする。祖母が国歌を歌って その場を収めようとするが、司令官をはじめとする来賓は既に引き上げてしまっていて、葬儀は流れ解散のような状態だ。しかも、扉にかんぬきがかかっているので、扉の前に固まった参列者は外に出ることもできない。狂信的な祖母にとって、くやしく空しい時が流れる。一方、外では、ジャータがずっと囚人護送車の後を走り続けている。道が悪くスピードが出せないので、何とか追い付いて行けるのだろう。車両の後部の小さな窓から父がジャータを見て、握り拳を上げてみせる(2枚目の写真、矢印はガラスに押し付けられた拳)。これは、何を意味しているのだろうか? 「頑張れ、負けるな!」か? 「私は死なないぞ!」か? それを見て、ジャータはどこまでも追い続ける。カメラが引いて一瞬全景が映るが、火葬場は遥か彼方になっている(3枚目の写真、矢印は火葬場)。2人は、どこまで追い続けるのだろう? ジャータが看守に暴行を加えたことから、もし捕まればタダでは済まされない。ジャータは、祖父の「遺言」に従い、母と一緒に国外逃亡を図るのだろうか? ジャータなら、それができる気がする。ただ、反乱を起こすまでの力は、まだないであろう。しかし、逃亡ではなく、国内に隠れ住んで、母子で反乱の準備を始めるのかもしれない。いろいろな可能性を示唆するエンディングだ。
  
  
  

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